狂犬病のワクチンをなぜ打たないといけないの?~狂犬病の歴史~

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わんちゃんを飼っている方であれば、一度は耳にしたことがある「狂犬病ワクチンの義務」。
では、なぜ数ある感染症の中で、狂犬病だけが法律で義務付けられているのでしょうか。

本稿では、日本における狂犬病の歴史を振り返りながら、その理由について考えてみたいと思います。
なお、歴史的事実については専門家ではないため、考証が不十分な点があることをあらかじめご了承ください。
また、日本における狂犬病の歴史については、推測に基づく部分も多いとされています。

まずは狂犬病についておさらい

狂犬病は、世界中で年間数万人が死亡している人獣共通感染症です。
発症すると、ほぼ100%死亡するといわれています。
また、狂犬病は犬に限らず、ほとんどすべての哺乳類が感染する可能性があります。

日本の感染症法では、狂犬病は4類感染症に分類されています。

わんちゃんが感染した場合、症状は「狂躁期」と「麻痺期」という2つの症状があります。
特に狂躁期には非常に攻撃的になり、噛みつく行動がみられることから、「狂犬病」という名称がついたとされています。
実際には、犬以外の哺乳類にも感染する病気です。

狂犬病の歴史~世界~

狂犬病は非常に古い病気です。
イラクで発掘された約4000年前の「エシュンナ法典」には、すでに狂犬病に関する法律が記されています。

内容は、狂犬病のわんちゃんに噛まれて人が死亡した場合、飼い主が賠償責任を負うというものです。
人とわんちゃんは数万年前から共に暮らしてきたと考えられており、少なくとも4000年前には、ルールを設けなければならないほど狂犬病が認知されていたことがうかがえます。

「目には目を、歯には歯を」で有名なハムラビ法典にも、狂犬病に関する記述があるとされています。
その後も、さまざまな地域に狂犬病の記録が残されており、唾液から感染することなどは、かなり昔から認識されていたようです。

狂犬病の歴史~江戸まで~

日本では、757年に施行された「養老律令」に、狂犬病に関する定めがあるとされています。
この律令は、編纂に携わっていた藤原不比等さんが亡くなった影響で施行が757年になったそうですが、実際の編纂は718年頃に行われていたようです。

狂犬病のわんちゃんは殺処分とする、非常に厳しい内容であり、当時すでに危険な病気として認識されていたことがうかがえます。

一方で、実際に流行した記録が残っているのは江戸時代以降です。
暴れん坊将軍として知られる徳川吉宗の治世に、狂犬病が長崎に上陸しました。
その翌年には大分へと感染が拡大し、大きな混乱があったようです。

その後も定期的に流行の記録が残っており、狂犬病が決して稀な病気ではなかったことが推測されます。

現在でも、狂犬病は発症後の治療法がありませんが、当時も噛まれた部位の血を出してお灸を据える、生の小豆を用いるなど、何とか治療しようとさまざまな工夫がされていたようです。

狂犬病の歴史~近代~

わんちゃんの多い都市部でも定期的に発生していたことから、明治時代には「畜犬規則」や、その改正法である「畜犬取締規則」などが制定されていきます。
法律として狂犬病対策が明確に定められたのは、1896年の「獣疫予防法」です。

その後も、各種通達や家畜伝染病予防法の制定などを通じて、狂犬病との闘いは続きました。
そして1950年、ついに「狂犬病予防法」が制定されます。

狂犬病ワクチンの接種義務

狂犬病ワクチンは、1885年にパスツール研究所で知られるルイ・パスツール氏によって開発されました。
そして、前述の狂犬病予防法により、接種が義務付けられることになります。

その結果、1956年に発症を最後に人で、1957年には猫での発症を最後に動物でも確認されなくなり、日本国内での狂犬病は発生していません。

これは、狂犬病ワクチンの効果だけでなく、多くの人々の努力の積み重ねによる成果でしょう。
とはいえ、ワクチン接種義務化が非常に効果的な施策であったことは間違いありません。

ちなみに、当時は半年に1回の接種が義務付けられていましたが、1985年の法改正により、現在の年1回接種となりました。

狂犬病清浄地域としての日本

こうして日本は、世界でも稀な「狂犬病清浄地域」となりました。
街中でわんちゃんを気軽に撫でても安全な環境は、当たり前のようでいて、実は非常に貴重なものです。

世界では、いまだに毎年およそ5万人が狂犬病で命を落としています。
それを考えると、日本の現状がどれほど恵まれているかが分かります。

しかし、この環境を維持するためには、今後も狂犬病の蔓延を防ぐ体制が必要です。
「清浄地域なのだから大丈夫」と思われる方もいるかもしれません。
ところが、2013年には清浄地域であった台湾で狂犬病が発生しています。

また、海外でわんちゃんに噛まれ、帰国後に発症するケースも過去に報告されており、外部から持ち込まれるリスクは常に存在します。

では、その防ぐ体制とは何でしょうか。
それは、狂犬病ワクチンの接種義務を、飼い主一人ひとりがきちんと果たすことです。

動物病院の利権では?

よく聞かれる意見ですが、実は狂犬病ワクチンは動物病院にとってほとんど利益になりません。
動物病院全体の売上や利益の中で見ると、数%にも満たないことがほとんどです。

狂犬病ワクチンについて、殆どの動物病院は利益のためではなく、人と動物を守るという動物病院の責務として行っているかと思います。

最後に

現在、狂犬病ワクチンの接種率は低下傾向にあります。
厚生労働省の発表では、令和6年度でおよそ70%とされています。
(例えば平成8年度は90%ほどありました。)
ただし、この数値は犬の登録頭数と予防注射頭数の割合で算出されているため、実際の接種率はさらに低い可能性があります。
たとえば、ペットフード協会の調査による飼育頭数を基に同様の計算を行うと、接種率は約50%まで低下します。

これは非常に深刻な問題です。
先人たちが数百年単位で築き上げてきた狂犬病清浄地域が、失われてしまうかもしれません。

改善のためには、動物病院の力だけでは不十分です。
もし、まだ接種していない方がいらっしゃれば、ぜひもう一度考えてみてください。
不安な点があれば、お近くの動物病院に相談していただければと思います。

飼い主様、わんちゃん、そして動物病院が一丸となって、
「その辺のわんちゃんと気軽に触れ合える環境」をこれからも守っていきましょう。

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